東京大学 石川顕一研究室の研究テーマ

研究テーマ

レーザー光と原子・分子・固体の相互作用を第一原理計算

石川・佐藤研究室では、高強度超短レーザーパルスや自由電子レーザーが物質中に引き起こす効果とその応用を、理論と第一原理計算によって研究しています。

強レーザー場中の原子・分子

2018年のノーベル物理学賞の受賞対象となったチャープパルス増幅の発明によって高強度のフェムト(10-15)秒レーザーパルスが実現されました。ノーベル物理学賞選考委員会は、その主要な応用の第一に「高強度場物理とアト秒科学」を挙げています。高強度のフェムト秒レーザーパルスを原子や分子に照射すると、超閾イオン化、トンネルイオン化、高次高調波発生、非逐次2重イオン化といった、きわめて非線形な振る舞い(高強度場現象)をみせます。高強度場現象を研究する分野が高強度場物理(強光子場科学)です。

強レーザー場中では、多数の励起状態や空間的に広がったイオン化状態を取り扱う必要があり、また電子は光と相互作用するだけでなく他の電子とも力を及ぼし合うため、そのシミュレーションは大きなチャレンジです。石川・佐藤研究室では、原子・分子における高強度レーザーパルス中の電子や原子核の動きを量子力学的に数値計算するために、様々な実時間第一原理計算手法やプログラムを開発しています。

• 時間依存緊密結合法
• 時間依存完全活性空間自己無撞着場(TD-CASSCF)法
• 時間依存占有制限多重活性空間(TD-ORMAS)法
• ゲージ不変時間依存配置間相互作用(GI-TDCI)法
• 時間依存最適化結合クラスター(TD-OCC)法

高強度レーザーパルスと固体の相互作用

「高強度場物理とアト秒科学」の進展のおかげで、高強度レーザーと物質の相互作用を詳細に調べられるようになりました。この流れは今、固体の研究へと急速に広がっています。2018年のノーベル物理学賞選考委員会は、チャープパルス増幅の主要な応用として「産業・医療用高強度レーザー」もあげています。その代表格であるレーザー加工(つまり、高強度レーザー光を当てると固体がどのように変化するか、どのようにして壊れるか、どのようにして切れるか)を学理的に理解することが、サステナブルな知識集約型社会・データ駆動型社会の実現につながります。

石川・佐藤研究室では、高強度レーザーパルスを照射すると固体に何が起こるのか、どのような光(高次高調波と呼ばれます)が放出されるのかを、第一原理計算(時間依存密度汎関数理論、時間依存密度行列法)や半古典シミュレーションで研究しています。さらに、シミュレーションと人工知能で最適な加工パラメーターを提案できるレーザー加工シミュレーターの開発を進めています。レーザー加工は、量子と古典のクロスオーバー、熱過程・非熱過程の混合、物理過程・化学過程の混合、非線性・非平衡・開放系といった複雑でマルチディシプリナリな学理を内包し、空間的にも時間的にもマルチスケールな、現代科学の最先端です。

量子コンピューターを用いた量子シミュレーション

誤り訂正がない量子コンピューターであるNISQ(Noisy Intermediate Scale Quantum) デバイスは、誤り訂正がある量子コンピューターに比べて性能が限られていますが、NISQデバイスをうまく利用して産業・社会応用を可能にする理論が多く提唱されて、近年注目を集めています。NISQデバイスが量子力学的な振る舞いをシミュレーションすることを得意とすることに着目して、石川・佐藤研究室では、量子多体系ダイナミクスの時間依存シュレーディンガー方程式を、量子コンピューター(特にNISQデバイス)でシミュレーションする方法の開発を始めています。

学生のテーマ実績

博論

  • 高強度レーザーパルス下における分子の計算解析
  • 固体高次高調波発生のメカニズムに関する理論的研究
  • 高強度レーザーパルスに照射された原子からの角度分解光電子スペクトルの第一原理計算
  • 第一原理計算による遷移金属元素からの高次高調波発生の理論的研究
  • 分子の強光子場科学のための第一原理計算手法の拡張(電子-原子核相関の第一原理計算手法、電気双極子近似を超えた取り扱い)

修論

  • 多電子原子からの高次高調波発生
  • TD-CASSCF法への無限範囲外部複素スケーリングの実装
  • 高分子の細胞接着性制御に向けた放射線グラフト重合による表面改質
  • 自由電子レーザーからの2波長極紫外パルスによるHeとNeの光電子角度分布コヒーレント制御(イタリア・FERMI自由電子レーザーとの共同研究)
  • 高強度・超短レーザーパルス中の電子ダイナミクスの研究(アト秒パルスによってイオン化された原子中における電荷マイグレーションのコヒーレンス、ゲージ不変TDCIS法の3次元原子への実装)
  • 多電子原子のトンネルイオン化におけるキャリアエンベロープ位相効果の第一原理計算

卒論

  • 高次高調波発生の分子サイズ効果
  • アト秒レーザーパルスによるネオン原子のイオン化の第一原理シミュレーション
  • アト秒レーザーパルスによって小さい分子中に誘起される電子ダイナミクスの第一原理シミュレーション
  • 高強度レーザーパルスによる原子のイオン化収量に関する研究
  • 曲線座標を用いた分子中の多電子ダイナミクス計算手法の開発
  • 固体からの高次高調波発生の大規模シミュレーション
  • 高次高調波発生における原子間距離の効果:固体から孤立原子へ
  • 曲線座標における時間依存ハートリー・フォック法の数値実装
  • Gauss 過程回帰を用いた非線形光吸収データ取得効率化のアルゴリズム開発
  • 分子のポテンシャルエネルギー曲面生成と振動状態ダイナミクス

領域プロジェクト

  • 水素原子の二色二光子イオン化のシミュレーション
  • レーザー加工の基礎的なモデリング
  • TD-CASSCF法によるNeのアト秒光イオン化のシミュレーション
  • 機械学習を用いた高次高調波スペクトルの推定
  • 固体からの高次高調波発生におけるレーザーパルスの絶対位相の効果
  • 第一原理シミュレーションと機械学習を融合させるための取り組み
  • 分子のポテンシャルエネルギー曲面生成と振動状態ダイナミクス

  高強度のレーザーパルスによって電子が強くゆさぶられ分子から飛び出す(イオン化する)様子 ezgif.com-gif-maker